Shuohan Yuan
心配しないで、大丈夫だ
社会の中で生きる私たちは、さまざまな人々がいる場所で生活し、必ず自分とは異なる他者と接触する。その出会いを通して、私たちは少しずつ新しい自分へと変化していく。子どもの頃の記憶は、蝶にとってのさなぎのような存在であり、外からは見えなくても、その後の自分を形づくるうえで欠かすことのできない基盤となっている。人の身体の仕草や思考のあり方は、無数の経験の積み重ねによって形成され、そこから私たちは物事を区別し、選択することができるようになる。もちろん、それぞれの経験は一人ひとり固有のものである。
人には自分を理解してほしいという欲求がある。同時に、他者の視線や自分自身による分析を通して、自己肯定感とコンプレックスは揺れ動き、心の状態によって切り替わっていく。私たちは身の回りの出来事や他者との関係を通して、自分という存在を確かめている。異なる存在がいるからこそ、出会いや偶然は喜びや発見へとつながる。
また、自分自身を暗闇の中に押し込むことで初めて見えてくる光景もある。しかし、どれほど言葉を尽くしても、自分という存在を他者に完全に伝えることはできない。
本作品は、個人的な感情とどのように向き合うのか、そしてその過程で出会う出来事や他者の物語を通して、私たちはどのように生きていくのかを問いかける試みである。
2021 年の卒業制作「Don't worry,It is okay」では留学によって様々な問題を抱える他者に関する議論をインスタレ ーションの形で制作した。360 度回転するプロジェクターは自分の視点の比喩とし、その投影は様々な他者を象徴するスクリーンと重なって、展示空間では複雑な現象が起こっていた。360 度回転するプロジェクターとその他の映像と映像が合体し、分離していくことを繰り返す。360 度回転するプロジェクターで投影する一部は、自分自身の携帯にある何万枚の写真だ。そのまま携帯の機能を使って、写真に写っている人物の目の部分を拡大したり、縮小したりした。また、同じ空間に置かれている「吸い玉」は元々、中国の民間療法で、ガラスやプラスチックでできたカップを皮膚に密着させ、引く力を利用して、於血というドロドロとした血液の滞りを吸引し、血液循環の改善を図る治療法に用いる。この「吸い玉」をスクリーンの上に置き、それぞれの「吸い玉」が何名かの留学生にインタビューした後に制作した留学生たちの気持ちや痛みをイメージした映像に置いた。それぞれの吸い玉の下に別々の映像をコラージュしている。そのイメージ映像は彼らの於血を比喩し、彼らの過去を血液のように循環させた。また展示されている複数の映像の中にそれぞれ写されている様々な身体の動きを、もともとの映像から抜き出すことで、ドキュメントから行為自体を再解釈した。
展示会場正面の映像は三浦半島の城ヶ崎海岸を撮影した映像である。インタビューした一人はその場所で懐かしさを得たと聞き、実際にそこに行って、観察した。干潮時の海の猛々しさ、海風が顔に強く当たって、ナイフのようだった。冬だったせいで、あっという間に昼から夜になり、次第に遠くで光が薄れ始め、まるで海岸が半分飲み込まれたように、海岸の存在が見えなくなってしまったのだ。不安と強い風が自分の声を食べたような気がする。そこで撮影した内容とその映像についてのテキストを字幕で表示して映像を制作した。映像のリアル感を増すため、海が実際にあるように、スクリーンから鑑賞者の立つ手前に向かって、黒い幕を置いた。その場所での干潮時の強い海の音はずっと忘れられず、全体のインスタレーションの音として繰り返し流した。
インスタレーション 2021


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